hagifalfaの備忘録。

旅行とか色々。

北海道鉄道旅行記 一日目② 仙石東北ラインで女川へ 6年目の被災地は

旅行日:2017.08.28

一日目行程

 

もくじ

 

 

仙石東北ライン:仙台→石巻 ハイブリッド気動車に身をゆだねる

乗車列車:仙石東北ライン 快速 石巻行 仙台14:16→石巻15:17

 

f:id:mrbagy:20190304231053j:plain

ハイブリッド気動車HB-E210系

本日の宿泊場所は仙台だが、夜まではまだ時間があるので、復興工事が進む女川を訪れることにした。石巻へは、仙石線を利用する方法と仙石東北ラインを利用する方法があるが、今回は後者を使う。

仙石東北ラインは、震災後に運行を開始した路線である。仙石線は一部区間東北本線と並走している。これを利用して、途中までは東北本線を、途中から短絡線を通して仙石線を通って石巻へ向かうことで、仙台―石巻の速達性を向上させる目的で運行が開始された。

ちなみにいずれの路線も電化されているが、東北本線は交流、仙石線は直流と電化方式が違う。そのためハイブリッド気動車であるHB-E210系が使用されている。まあ僕的にはボックスシートが使われてればなんでもいい。

仙台を発車し、東北本線をしばらく走ると、真新しい路盤がある区間が見えてきた。例の短絡線である。列車はあっさりとここを通り、石巻には15:17に到着する。
 

 

石巻駅 波の気配が足元に

乗り継ぎ時間:35分

 

f:id:mrbagy:20190304231617j:plain

石巻駅

石巻石ノ森章太郎ゆかりの地として、駅はたくさんのサイボーグ009像が立っている。

少し時間があったので、駅前に観光物産センターがあるので入ってみた。やはり海産物が多く並ぶ。さすがに海産物は買わなかったが、今日泊まる友人のためにタコせんべいを買った。タコせんべいめちゃめちゃ美味いんだよなぁ(お前が食うな)。タコせんべいはどこのやつを買ってもおいしい。

また、キーホルダー集めの一環で009のキャラのキーホルダーを買った。アニメは好きだけど009はさすがに古すぎてわからない。その上どこにつけるわけでもないのに買ってしまうのは、収集癖持ちの業である。

 

駅に戻りよく見ると、震災時の浸水高が記されていた。

 

f:id:mrbagy:20180608152001j:plain

 

これを見ると浸水高は膝ぐらいの高さだろうか。あのとき、二階建ての建物を覆うほどの津波の映像ばかり見たせいで感覚がマヒしているが、膝までの流水なら十分人を押し流しうる威力を持つだろう。膝ほどの水深がある川は簡単には渡れない。

 

鉄道旅行の醍醐味は、こういう乗り換え時間だろう。目的地としてではなく、移動上の必然として異郷の地を訪れる時間が生じる。何があるかわからない、何もないかもしれないけれど、その街を見て、空気を感じる。観光ではなくあくまで「旅」にこだわるなら、道筋さえ決めれば目的地などいらないのかもしれない。

 

 

石巻線石巻→女川 曇り空の海辺を行く

乗車列車石巻線 普通 女川行 石巻15:51→女川16:17

 

f:id:mrbagy:20180608154358j:plain

女川行きディーゼルカー

女川ゆきの乗客には比較的高校生らしき人たちが多い。しばらく走ると海沿いに出る。ここまでくると否が応でも「構造物のきれいさ」が目立つ。駅が新しい。線路が新しい。家が新しい。枕木が白い。防波堤が白い。海に山が落ち込む風景は、曇り空でもよいものだ。天気が良ければもっと眺めがよかっただろう。カキの養殖だろうか、海の上には筏が浮いていた。

f:id:mrbagy:20180609031116j:plain

曇天の海

 浦宿駅を出てトンネルを抜けると、終点の女川駅に到着する。

 

女川 きれいな駅舎と、行き交うトラック

滞在時間:1時間35分

f:id:mrbagy:20180610030002j:plain

ピカピカの女川駅舎。

女川駅は、どこもピカピカな建物だった。ホームも駅舎も新しい。 駅には温泉施設や観光案内所、お土産屋さんが併設されている。

 

f:id:mrbagy:20180610030317j:plain

駅から続く目抜き通り。

目の前の商店街も新しい。駅からまっすぐ、海に向かって目抜き通りがのびている。駅は震災前から200m程後退したところに新設されたらしいので、この道は線路跡、ないしは旧駅跡なのだろうか。道の両側にはレストランや公共施設など様々な建物が並んでいる。駅とこの商店街を商業的中心として位置づけたことがうかがえる。

とはいえ平日夕方のこともあって、お店は終わってしまったのかお休みだったのか、人影は少なかった。そもそも町にいる人が少なかった。

目抜き通りを歩いていくと、海が近づいてくる。同時に、街が続いていたで「あろう」場所が見えてくる。

 

f:id:mrbagy:20180610222036j:plain

 

オレンジ色のフェンスで仕切られた向こうには、無残に転がった建物(元交番のようだ)と、土がむき出しの地面が広がっていた。震災直後は、このような光景が延々と広がっていたのだろう。

事故とか事件・災害の教訓を現物として残す。僕はそれをなんとなく「それはいいことだ」と思ってしまう。しかし、当事者はこれを日常的に目にする。当事者の人たちはそれを見て思い出したくないことも思い出すだろう。残すべきか否か、こういうことは部外者の口出しすることではない。

それでもこの交番が残っているということは、女川としてはこれを記憶として残そうということなのだろうか。

 

f:id:mrbagy:20180612114320j:plain

 

ひっくり返った交番をアップで見てみる。コンクリの杭が根元から折れているのがわかる。鉄筋コンクリート造っぽいこの建物すらひっくり返ってしまうのだから、木造の家屋がそのまま流されてしまうことには納得せざるを得ない。

 

しばらく歩くと、町内を流れる、河川としての女川が見えてきた。

 

f:id:mrbagy:20180610223548j:plain

 

この女川はすぐ後ろの山に源流を持つ、二級河川である。そんなに大きな河川ではない。しかし護岸の高さがかなり高い。津波対策としてかさ上げされたようだ。宮城県のホームページに工事前の写真が載っていた。

女川・河川復旧工事進捗状況(宮城県ホームページ)

https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/716829.pdf

 

f:id:mrbagy:20180610224435j:plain

 

女川を渡る橋の袂からみた女川である。こちら側がかさ上げされているのがわかる。見えるのは倒れた交番、新しい商店街、そして奥には病院である。先ほどの倒れた交番の写真は、嵩上げされた方からされていない方を撮った写真だということになる。

病院はさらに一段高いところにあり、ここを訪れたとき、町の人はみんなあそこに逃げたんだろうか・・・と思っていたが甘かった。あの病院の一階部分はあの日、完全に水没したらしい。いかにあの日の津波が大きいものだったかがわかる。

復興庁:女川町まちなか再生計画(p.5に嵩上げについて記載)

http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat1/sub-cat1-15/160209onagawa_saisei.pdf

 

 

再び商店街の出口付近に戻ってきた写真である。

 

f:id:mrbagy:20180610225403j:plain

 

車の種類が明らかに偏っている。ダンプばかりだ。この当時、女川は町全体が工事現場なようなものだった。ある場所では土を切り出し、ある場所では土を盛る。そんなこんなで、ひっきりなしにダンプが通るのだ。奥に造成された山が見えるが、あそこは土が切り出されたところである。この足元の嵩上げにも使われているのだろうか。

 

 さらに歩いて、海岸沿いに出てきた。

 

f:id:mrbagy:20180612115726j:plain

 

東北の海岸沿いの街では、防潮堤を造るか、造らないかという選択を迫られた。この街では、海を見るために防潮堤を乗り越える必要はない。女川町は、将来の津波対策として、防潮堤ではなく嵩上げを選んだ。代償として、もとあった街は手放すことになった。

こんな記事がある。

abematimes.com

 

この記事内ではどちらかといえば女川町のやり方のほうが良いものとされている。防潮堤がいいか嵩上げかはともかく、防災と街づくりを一体として考えていくのが大事だと思う。防災が完璧ならその街でよい暮らしを送れるとは限らない。暮らしを守る、とは防災一辺倒ですむ話ではないということを考慮しないといけないと僕は思う。

 

 

女川駅に戻ってきた。

f:id:mrbagy:20180613002504j:plain

駅の二階は休憩スペースのようになっていて、海を見渡すことができる。

 

駅の二階から高台方向を見ると、こんな景色が見えた。

 

f:id:mrbagy:20180613002541j:plain

 

左手に見えるカラフルな建物は宿泊施設だそうだ。

左手の高台はもともとただの丘だったが、高台移転に際して整地され、住宅が建った。正面と右手には、集合住宅が見える。これはいわゆる公営住宅で、外見はきれいなマンションだ。

右側の高台の一部は嵩上げされた部分である。高さは今回の津波にも耐えうる高さ(20m以上)に設定されているようだ。ちなみに、この駅が建つ高さも5mほどの津波には堪えられる高さに造られている(女川町まちなか再生計画を参照)。ここからは見えないが、右手奥の高台の上には女川町役場が立っている。

 

 

石巻線:女川→石巻 友人合流

乗車列車石巻線 普通 小牛田行 女川17:52→石巻18:18

 

f:id:mrbagy:20180615124910j:plain

 

折り返しの石巻行は発車の20分前ぐらいに到着した記憶がある。やっと追いついた友人氏が合流。とんぼ返りするぐらいなら仙台をぶらぶらしておいたほうがよかったのでは...?と思ったが、彼はせっかくだしみたいなことを言ってた気がする。

天気が曇りだったこともあって夏なのにすでに暗くなり始めていた女川駅を出発したのは、17:52。今日泊めてもらう友人宅を目指して仙台に戻る。

 

仙石線石巻→仙台 眠いけどロングシート...

乗車列車仙石線 普通 あおば通行 石巻18:26→仙台19:50

f:id:mrbagy:20180615133942j:plain

仙石線205系

ここからは行きとは別の路線、つまり仙石線で仙台まで戻る。仙石線経由は仙石東北ラインよりも25分ぐらい余計にかかるが、まあ乗りつぶしの一環である。

仙石線は見た目こそ違うものの、昔の山手線と同じ205系が使われている。通勤型車両なので当然ロングシートである。

石巻をでるとすぐ、今日の疲れで眠気が襲ってきた。外も暗くてよく見えないので寝ようとロングシートに身をゆだねる。当然寝づらい。こっくりしては起き、ウトウトしては起き、遊び疲れて車内で眠るが眠れないよくあるやつだ。確かこの前の日は全然眠れなかったこともあり、おまけに時間も長くかなりつらかった覚えがある。

19:50、仙石線は仙台駅地下ホームに滑り込む。地上の改札に出るまでには少し距離があった。

 

 

仙台 今日の〆は牛タンだ!

仙台駅で在住の友人に合流。一旦お家に荷物を置いて、牛タンのお店に連れて行ってもらった。どこだったか忘れてしまっていたが、あとから利休というお店だとわかった。

 

www.rikyu-gyutan.co.jp

 

東京にもあるみたいですね。

f:id:mrbagy:20180615151623j:plain

・・・!!!タンなのに薄くない!

タンは焼肉屋でしか食べたことがなかったから、出てきた肉を見たときの第一印象は

え、ペラペラの丸じゃない・・・!厚い・・・!

だった。牛タンってこんなに座布団なんですね本来。というか逆にあの丸い形はどう考えても効率悪い形な気がするんだがどういうことなんだろう。まああれにレモンかけて丸めて食べるのもまたおいしいんだけど、当然座布団のほうが歯ごたえが感じられておいしい。鉄道旅行は景色をひたすら楽しめる反面、体力的な消費も結構大きい。だから夜ごはんはとてもおいしく感じられるのである。

満足して友人宅に戻りお風呂を借りて上がると、猛烈に眠気が襲ってきた。起きてられない石巻で買ったお土産を渡して、ゲームに興じる二人を横目に、死んだような眠りに落ちた。

翌日の朝は、とある事件から始まる。2018.8.29の朝は、不本意にも起こされた人が多かったと思うが、覚えている人はいるだろうか。

プライバシーポリシー